2017年11月20日月曜日

もういいかい、まーだだよって、オープンしたゲレンデにはやる気持ちを抑えつつの日々 - 舞岡公園の楓紅葉(栄区・横浜市)

舞岡公園の紅葉

昨年の十一月末、舞岡公園を訪れたら、紅葉の盛りをやや過ぎていました。
なぜかというと、横浜では五十四年ぶりに十一月の初雪になりましたから。

雪化粧の街並みも美しく、街路樹の紅葉とのコントラストが記憶に新しい。
しかし、早すぎる雪が仇となって、それ以降が暖冬になってしまいました。

スキー場オープンだって意外に遅れ、正月休みに上越国際がクローズでした。
そして、こんな時にスキー旅行を敢行したので、滑られたのは奥只見丸山。

残りは、赤倉へ遠征して滑ってみたり、関温泉のゲレンデは雨で諦めました。
だから、順当に寒くなるのが適切で、今年の寒波が来るのはの妥当ですなあ。

ただ、これまで寒くなるのものんびりとして、紅葉もゆったりな色づきです。
あと一週間も経てば、おそらくは去年と似たり寄ったりの色映えになるはず。

それで、天然雪だけによるスキー場オープンが一番早いのはどこだったのか。
北海道では中山峠と大雪山層雲峡・黒岳なら、内地は志賀高原熊の湯でした。

驚きなのは黒岳でして、積雪がもう一メーターを越えてしまって新雪なのだ。
ベースが標高千メーターを越えており、リフト山頂駅は標高千五百メーター。

だから、寒波が少しでも入れば、雪がどさっと降ってくれてオープンなのよ。
時期的に見ても、月末にオープンした年もあるので、比較的早い方でしょう。

中山峠と一緒に、オープンした日を紹介した投稿があるので、参考にしてね。
ところで、 ゲレンデ条件が不安定な頃は、滑りに行くのがギャンブルに近い。

しかも、レンタカーで出かける自分ですから、スタッドレス装備が必須なの。
この時期、このタイヤ装備の車種なんか未だないので、年末からが本番です。

というわけで、スキーネタより舞岡公園のカカシコンテストの方が、面白い。
ずらずら写真を貼ってみると、横浜にある里山のほっこりとなごむ風景です。


というわけで、今シーズンはどこを滑ろうか、思案し始める今日この頃です。
西日本のゲレンデだと、雪質にあまり期待は出来ないのですが、昨シーズンの広島ゲレンデ行脚に続けて、大山や神鍋・ハチ高原など未だ滑ったことのないゲレンデもあまたにあるので、どこを攻略しようかと言う、物好きで果敢な熟年スキーヤーの自分がいるのでした。


おまけ:
雨がどしゃ降りで滑られなかったのだ
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2017年11月17日金曜日

ハトもピカソの絵が分かるし、バウリンガルで犬の気持ちが分かるようになったのも、あくなき探究心があったればこそのお話 - イグノーベル賞(そのほか)

     
11月といえば、日本人にとっても、ノーベル賞月間としてお馴染みになりました。
ここ三年、連続で受賞者が出てきましたので、四年連続の期待もあったのです。

ところが、蓋を開けてみますと、全く受賞者がでずに残念な結果となってしまった。
文学賞だって、今年こそ村上春樹だと、ハルキストが発表前夜に集まりました。

でも、カズオ・イシグロと発表されてしまい、うーん、英国籍の日本人だとはなあ。
ご両親も日本人だし、DNA的に人種的に見て誇らしいと思えなくもありません。

まあ、それで溜飲が下がる気もしますが、他方、十一年連続受賞がありました。
それって何なのよ、と思われるかも知れませんが、イグノーベル賞という際物なの。

英語なら、"Ig Noble Prize"なんだけど、"ignoble"の形容詞から来ております。
この単語、不名誉な、恥ずべき、と言う意味ですが、ノーベルのパロディーだな。

片や、人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に対して、与えられるのだそう。
どちらかというと、こんな研究をまじめにやっているのかと思わせる受賞ばかりです。


それで、どうして11年間も続けて、日本人が受賞できたのか、考えて見ました。
まあ、自分達は好奇心の塊だし、功利的な発想で学問を見ようとしないからね。

憲法九条では、軍産複合体の研究もできなかったし、産学協同も平和的です。
しかも、江戸時代の二百数十年間は戦乱も無くて、庶民文化が花開きました。

一例を言いますと、朝顔栽培では、メンデルの法則を経験的に知っていたらしい。
つまり、花弁が変化した朝顔を、系統的な遺伝を察して作り出していたようです。

その他、趣味の算術計算も流行しており、幾何学の難題も編み出されました。
そして、これを解いた人がその内容を算額に自慢して、神社に奉納していました。


これって、幾何の計算を土木工事に活用する意図もなく、ただの趣味なのです。
世の中が平和すぎて、経済的にギスギス発展しなかったのが、良かったのかなあ。

まあ、そんな日本の風土だから、現在の研究にまで引き継がれたものがあります。
受賞一覧を見ていただいても、ただただ、興味の赴くままに極めようとしたみたい。

でも、誰かがやらないと、なぜなのと言う疑問が解決されなかったようにも思えます。
他にも、江戸時代の下肥(人糞)肥料の流通を学術研究したのも、ナイスですなあ。

下肥問屋という糞尿売買の商人が、船頭から下肥を買い付けていた経路です。
環境にやさしいとか、リサイクルの活用とか、経済的な効用を考えれば大切だよ。

というわけで、故郷の北海道大学では、ダブル受賞の名誉に輝いていたのでした。
ノーベル賞では、鈴木クロスカップリング反応により鈴木名誉教授が、そして、イグノーベル賞では、単細胞生物の粘菌が迷路を解いたり、その菌が作るネットワークに実際の鉄道網との共通点を見い出した中垣教授が、そして今年度は、「生殖器逆転」の昆虫を発見した吉沢准教授が、それぞれ受賞しているのですが、人間の英知を豊かにするのには、どんな研究にだって、それなりに十分な価値があるのだと思ったのでした。



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2017年11月14日火曜日

実在しないのに、みれば天地の気が宿るようにも思えてくるのが、龍神たる所以なんだろうね - 天心記念五浦美術館 「開館20周年記念 龍を描く-天地の気-」(北茨城市・茨城県)

川合玉堂 "雲龍図”

日本でも、龍は神格化した存在としておなじみですが、起源は古代中国です。
漢字で書くと、冠をかぶった蛇の姿を表しており、本来は竜が原字に近いとか。

かつて、中国の揚子江に生息していた鰐の姿を、象ったものと言われています。
その後、鰐は絶滅してしまい、爾来、想像の世界で生き残るようになりました。

それを考えると、ワニの体形を見れば、竜がオリジナルだというのは分かります。
それから、様々な模様や装飾が加えられて、字形は威厳を持ち始めたのかな。

まあ、神格化した中国の龍は神獣、霊獣であり、皇帝の象徴でもありました。
一旦、シンボルとして扱われたのなら、おごそかな字に変貌したのも納得です。

ところが、共産党支配の中国では、簡体字の採用で、「龙」が用いられました。
画数が少なくて無学者にもすぐ書けそうな字ですが、何と粗末な字でしょうか。

そんなことを思うと、現代の中国は、かつての支邦(シナ)ではないのでしょう。
漢民族を象徴した所産である繁字体を捨てた民に、もはや龍は不要なのか。

清王朝の国旗”黄龍旗”
ブータン王国の国旗(雷龍)

ならば、この字を人名漢字に採用している日本へは、ぜひご動座いただきたい。
昇竜のごとく天に登り、そして、豊葦原の瑞穂の国、日本へ降臨していただく。

そんな風にも思いますが、想像の龍は、古くより決まった姿で描かれてきました。
龍のひげもそうですが、持っている玉、龍玉(りゅうぎょく)も必ず描かれますね。

そういったワンパターンで描かれているのに、龍の水墨画は色々と見ると楽しい。
画家の想像する伝説の龍達は、あたかも自在のように空を舞うかのようです。

そして、そんな美術作品ばかりを集めた展覧会が、現在、開催中なんですわ。
場所は、茨城県の天心記念五浦美術館で、期間は26日までと残り少ない。

観覧して来ましたが、出展作品を描いた画家を、意外に見知っておりました。
だって、テレビ東京の「お宝鑑定団」で紹介されていた芸術家がかなり多いのだ。

中でも、小堀鞆音、この人は武人の動きを描くために、武具まで自作しました。
鎧や兜の構造、機能を分析して、武士の本当の動線を描きたかったらしいよ。

小堀鞆音、経政詣竹生島

確かに、出展作は、紐で結わえた大袖の描き方が、非常にリアルで納得です。
番組でも、武具がこまごまと並んだ、当時のアトリエ写真も紹介されていました。

それから、鮎を描いて右に出る者なしと謳われた絵師、小泉斐の龍もあります。
お宝鑑定団では、真作だと鑑定されましたが、本人の作品は始めて見ました。

この他、横山大観、小林古径、下村観山、菱田春草など、何れもおなじみ。
それも、鑑定団で紹介された画家ばかりなので、なおさら、愛着も湧きました。

というわけで、想像の動物なのに、画紙や画布の上で龍が躍動しておりました。
ところで、来日したアメリカのトランプ大統領は、今や安倍 晋三首相を信頼して、かれの提唱するアジア外交、安全保障の政策を踏襲、支持しているわけですが、これぞ、我が日本国が再度、昇龍になり始めたきっかけかも知れず、そういう時期だからこそ、この展覧会を見に行くべきなんだと思ったのでありました。


おまけ:
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